スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

みうらじゅんの『親孝行プレイ』を読んでみた

最近、『親孝行』について考えることが多いのですが。
ヒントになるかなー?と思って親孝行プレイ (角川文庫)という本を読んでみました。

親孝行プレイ

作者はみうらじゅん。
彼らしい文体で、さらさら読めて、時々笑えて、438円。たぶんブックオフで100円であると思います。ま、かってもいいかな?と思える一冊です。

彼は本書の中でこういいきってます。「親孝行とはプレイである!」(まんまですが)

自身の失敗談を含めながら、どうして親孝行できないのか?どうすればいいのか?何が親孝行なのか?といった疑問を投げ、その答えとして、現代は親孝行がしにくい社会状況だからだ、と解きます。

昭和時代以前であれば、家族は一つ屋根の下、全員が同じ家に住み、家族の中で各々の役割がはっきり見えていて、その中でどう立ち振る舞えばよいのかよく分かっていました。

しかし現代は、小家族化、核家族化が進み、親に会うことと言えば、正月程度。また情報過多で各個人の判断材料が増え、欲求度合いも高まり、自己改革、自立精神を望む社会状況になっていて、家族とのかかわりが極端に減っています。

彼も、幾度と無く親孝行にトライし挫折します。そのたびに、なぜ「親子なのに」コミュニケーションが誰よりも取り難いのか?と悩みます。そんな中、現代のこの超個人主義ライフスタイルに原因があるのでは無いかと気付き、さらに、現代に合う親孝行のカタチの開発が必要なのではないか?と考えるに至りました。

その新しいカタチこそが「親孝行プレイ」なのです。

彼曰く、「親子だからこそ」だれよりもサービス精神を持ち接待感覚で、行動すべきだ。これはもう、親孝行したい、しなくてはいけないという「心(気持)の問題」ではなく「実際にどう行動するか」の問題だ。
行動のあとに心が伴う。それが現代の親孝行のスタイルだ。

そう、結論付け、実際に親孝行プレイの細かい実践方法を8章に渡って説明してくれます。

「行動のあとに心が伴う」とは、武道で言うところの『型』
「学ぶ」の語源となった『真似る』のことではないですか!
ピアノも指が楽譜を覚えて初めて、表現することが出来る。

何でも頭でっかちじゃ、ダメなんですね。

余談ですが:
本書では、なぜ親孝行するのか?何のためにするのか?しなくてもいいよそれ。といったカウンターアイデアは紹介されていません。私が知りたいのは、そこなんですけどね。

つまり、私は親孝行したいし、するべきだと思っているんですが、どんな人に聞いても「親孝行」に対して不のアイデアを言う人がいない。親孝行という言葉は、あまりに強い言葉で、その重要性を説かれた瞬間、どんな人でも反論力を無くします。なぜこんなに強い言葉なんだろう?根拠のある反論はないのだろうか?

自分がよいと思っていることに対して、全く批判が無いことは結構怖いことです。




スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと
ジャンル : ライフ

コメントの投稿

非公開コメント

はたらこね。

プロフィール

styleplususer

そこらへんの人です。
あ、どもども。

ネコリョーシカさん
FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
リンク
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。